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東京地方裁判所 昭和38年(レ)665号 判決

控訴人

鳥羽新二郎

右訴訟代理人

山下豊二

細田英明

岩崎公

被控訴人

河内裕

右訴訟代理人

菅沼清

主文

原判決を次とおり変更する。

控訴人は、被控訴人に対し、別紙目録記載の建物を明渡し、かつ昭和三五年一一月一七日以降右明渡ずみに至るまで一ケ月金一万円の割合による金員の支払をせよ。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じすべて控訴人の負担とする。

本判決中被控人勝訴の部分は仮りに執行することができる。

事実

第一、控訴人の申立

控訴代理人は左記の判決を求めた。

「原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

第二、被控訴人の申立

被控訴代理人は左記判決および仮執行の宣言を求めた。

「本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。」

第三、被控訴人の請求原因

被控訴代理人は請求原因として次のとおり述べた。

一、被控訴人は、昭和三三年四月一四日、その所有にかかる別紙目録記載の建物(以下本件建物という。)を、控訴人に対し、賃料一ケ月金一万円、期間同年五月六日より昭和三五年五月五日まで満二ケ年の約定で賃貸した。(以下本件賃貸借という。)

二、ところで、本件賃貸借は一時使用のためになされたものである。すなわち、被控訴人は当時本件建物に居住し、これより勤務先たる自治省(当時は総理府自治庁)に通勤していたものであるが、たまたま二年間の条件付きで福岡県に転勤することになつたので、その不在期間中を限つて控訴人に本件建物を賃貸することとし、控訴人もまた右の趣旨を諒承して、二年後被控訴人の東京復帰の暁には直ちに本件建物を明渡す諒解のもとに本件賃貸借が成立するに至つたのであるから、本件賃貸借にあつては、あくまでも二ケ年の限定的期間に重点が置かれていたものであつて、一時使用の賃貸借というに妨げない。従つて本件賃貸借は昭和三五年五月五日の経過とともに期間満了により終了したものである。

三、仮りに本件賃貸借が一時使用の賃貸借に該当しないとしても、被控訴人は、控訴人に対し、後記正当事由に基き更新拒絶ないし解約申入の意思表示をしているから、これにより本件賃貸借は終了するに至つたものである。すなわち

(一)  被控訴人は、控訴人に対し、(1)昭和三四年一一月二二日付同月二七日到達および(2)昭和三五年二月一四日付翌一五日到達の各内容証明郵便による書面をもつて順次更新拒絶の意思表示をしているから、本件賃貸借は昭和三五年五月五日限り期間満了により終了した。

仮りに右更新拒絶が無効であるとしても、期間満了後は期間の定めない賃貸借となるところ、被控訴人は、控訴人に対し、(3)昭和三五年五月一四日付翌々一六日到達および(4)同年同月二〇日付翌々二二日到達の各内容証明郵便による書面をもつて、順次解約申入の意思表示をしているから、本件賃貸借は右(3)の書面の到達後法定の六ケ月の期間の経過により、仮りに右(3)の解約申入が無効であるとしても、少くとも(4)の書面の到達後同法定期間の経過により終了した。

仮りに右解約申入が無効であるとしても、被控訴人は、控訴人に対し、東京北簡易裁判所昭和三六年(ユ)第一二一号家屋明渡調停事件の調停期日たる(5)昭和三六年七月二五日および(6)同年八月一〇日にそれぞれ口頭で解約申入の意思表示をしているから、本件賃貸借は右(5)の解約申入後法定期間の経過により、仮りに(5)の申入が無効であるとしても、少くとも(6)の解約申入後法定期間の経過により終了した。

仮りに右解約申入の事実が認められないとしても、本訴の提起は解約申入の意思表示を包含するものであるところ、本件訴状は昭和三五年七月一六日控訴人に送達されているから、その後法定期間の経過により本件賃貸借は終了した。

(二)  被控訴人が前記更新拒絶ないし解約申入につき主張する正当事由は次のとおりである。

(1) 本件賃貸借は前記二において述べたような事情のもとに成立したものであるから、一時使用の賃貸借に該当しないとしても、少くとも期間を二年後被控訴人の東京復帰までと限定する点に最大の重点が置かれたことはいうまでもない。されば被控訴人は契約の締結にあたり、この点を強調し、被訴人の諒承を得たからこそ、本件建物を控訴人に賃貸したのであつて、もしこの点の保障が得られなければ、被控訴人は敢えて賃貸することをしなかつたのである。かように、転勤者がその転勤不在期間中を限り、自己所有家屋を、他人に賃貸することは、世間往々に行なわれるところであつて、この場合、殊に転勤期間が確定的であるようなときは、それ自体正当事由の要請を充足しているものというに妨げない。

しかも被控訴人は、東京復帰の暁には、静岡県三島市在住の被控訴人の両親を迎えて本件建物に同居せしめる手筈をも整えていたものである。

(2) その後、昭和三四年一一月頃被控訴人の自治本省復帰が内定し、昭和三五年七月一一日の発令を待つて被控訴人は再び自治本省勤務となつたが、控訴人から本件建物の明渡が得られないため、やむなく千葉市松波町の公営住宅を賃借し、ここから毎日東京都千代田区霞ケ関の自治本省まで長時間をかけて混雑の中を通勤している次第であり、時には事務多忙のため退庁時間が遅れ、遠隔の地のゆえに帰宅できないこともしばしばある。さようなわけで、被控訴人は遠距離通勤による肉体的苦痛もさることながら、近距離通勤をなしうる自己所有家屋がありながら、控訴人の故なき明渡拒絶のために、これを利用し得ない精神的苦痛はさらに甚大である。なお被控訴人は妻および三人の子供を抱えているが、子供の教育上も東京都内に在住することが望ましい。

(3) 一方控訴人は、国電赤羽駅附近に店舗を構えて不動産仲介業を営み、かたわら貸家等も所有しているものであつて、必ずしも本件建物に居住することを固執する必要なく、しかも、職業柄移転先を求めることも極めて容易な立場にあるものである。

(4) 以上被控訴人および控訴人双方の事情を比較するに、前記二年の約束を別にしても、なお本件建物に対する被控訴人側の自己使用の必要性は、控訴人側のそれをはるかに上廻るものというべく、従つて本件については被控訴人側に正当事由ありといいうる。

四、仮りに前記更新拒絶ないし解約申入に関する被控訴人の主張が容れられないとしても、本件賃貸借契約の締結に際し、控訴人は被控訴人に対して、本件建物の敷地につき、区画整理が施行された場合には、控訴人は無条件で本件建物から退去する旨を特約したものであるところ、昭和三六年二月二日東京都知事から被控訴人に対し本件建物の敷地につき区画整理による仮換地指定の通和がなされ、被控訴人より直ちにその旨を控訴人に通知したから、本件賃貸借は右特約によりここに終了するに至つたものである。

五、以上の次第で、本件賃貸借は、いずれにしても、既に終了しているものであるが、控訴人は本件建物の返還義務を履行せず、右義務の不履行によつて、被控訴人に対し本件建物の相当賃料額にあたる約定賃料と同額の一ケ月金一万円の割合による損害を蒙らしめつつあるものである。

六、よつて、被控訴人は控訴人に対し、右の理由により、本件建物の明渡を求めるとともに、一応訴状送達の日の翌日たる昭和三五年七月一七日以降右建物明渡ずみに至るまで一ケ月金一万円の割合による損害金の支払を求めるため本訴におよんだ。

第四、請求原因に対する控訴人の答弁

控訴代理人は請求原因事実に対し次のとおり答弁した。

一、請求原因一の事実は認める。

二、請求原因二の事実中、被控訴人が、かつて本件建物から勤務先の自治省に通勤していたことは認めるが、本件賃貸借が一時使用の賃貸借であることは否認する。控訴人は本件賃貸借契約の締結にあたり、被控訴人より、二年後東京復帰の予定等の話は告げられておらず、従つて被控訴人との間に、二年後必ず明渡す等の約束はしたことがない。本件賃貸借は期間満了の際には当然更新されうるとの想定のもとに一応期間を二ケ年と定めたにとどまる。

三、請求原因三の事実のうち、控訴人が被控訴人主張の日に、その主張のとおりの各内容証明郵便の送達を受けたことおよび被控訴人主張の日に本件訴状の送達を受けたことは認めるが、その余の事実はすべて争う。

現下の都内通勤者の現状をみるに、交通利便の今日、千葉市より都心への通勤は、もはや遠距離通勤の部類に属せず、交通費および通勤時間を比較しても、千葉市より都心への通勤と、本件建物の存する赤羽より都心のそれとの間には、それほどの大差はない。しかも被控訴人の現住居先は県営住宅であつて、家賃も一ケ月金二、五〇〇円の低額であるから、これまた、さして経済的負担とはならない。

これに対し、控訴人は国電赤羽駅附近に店舗を構えて不動産仲介業を営んでいるものであるが、住居先たる本件建物が至近距離にあることが、商売柄その利便、信用のうえにおいて何物にも替えがたく、また子供らもそれぞれ附近の学校に通学している関係上、いまさら本件建物を明渡すことは困難である。

以上被控訴人および控訴人双方の事情を比較考量すれば被控訴人の本件更新拒絶ないし解約申入には正当事由がないといわなければならない。

なお、被控訴人の本件更新拒絶の意思表示は借家法所定の法定期間を遵守してなされていないから、それ自体無効である。

四、請求原因四の事実のうち、本件賃貸賃契約の締結にあたり、被控訴人主張のような特約がなされたことは認めるが、右特約の趣旨は、「都市計画等により建物が収去される場合には賃貸借契約は当然消滅する。」というにあるところ、本件建物の敷地については区画整理による仮換指定の通知があつたのみで、未だ建物収去の段階に至つていないから、右特約に定める条件は成就していない。

五、以上の次第で被控訴人の本訴請求はいずれにしても失当である。

第五、証拠関係≪省略≫

理由

一、本件賃貸借の成立

被控訴人と控訴人との間に請求原因一記載のとおりの賃貸借が成立したことは当事者間に争がない。

二、一時使用の目的の存否

本件賃貸借契約は、後記認定のとおり、被控訴人が、二年間の条件付きで自治省より福岡県に転勤するにあたり、その不在期間中を限つて控訴人に賃貸する趣旨のもとに、期間を二年と定めて締結されたものであり、控訴人もまた被控訴人の東京復帰の暁には本件建物を明渡すべき旨を諒承していたものではあるが、そもそも公務員の転勤については、一応転勤期間の内諾があつたとしても、後任者の関係その他公務の都合上、右期間が延長されることも往々にしてありうることであつて、現に本件の場合においても昭和三五年七月一一日まで被控訴人の自治省復帰の発令が遅れている次第であり、内諾が常に寸毫の違いなく履践されることは期しがたいところであるから、本件の場合にも右二年の期間が確定的なものであつたとは必ずしもいいがたく、従つて本件賃貸借を目して一時使用の賃貸借と断ずるにはいささか不充分である。もし一時使用の賃貸借とすれば右二年の期間満了と同時に終了することになるが、被控人の自治省復帰が確定しない間はことさら賃貸借を終了せしめる必要なく、復帰が確実化したときに、はじめて更新拒絶ないし解約申入の方法により賃貸借を終了せしめるのを、双方の利害の比較考量上妥当とする。

三、更新拒絶ないし解約申入の効力

(一)  被控訴人に対し昭和三四年一一月二二日付同月二七日到達、次いで昭和三五年二月一四日付翌一五日到達の各内容証明郵便による書面をもつて本件賃貸借の更新拒絶の意思表示をなしたことは当事者間に争がないが、右はいずれも借家法所定の法定期間を遵守してなされたものでないことが時間的に明らかであるから法律上の効果を生ずるに由ない。

(二)  かくて、本件賃貸借は、昭和三五年五月五日の期間満了後は、期間の定めのない賃貸借となつたものというべきところ、被控訴人より控訴人に対し同年同月一四日付翌々一六日到達の内容証明郵便による書面をもつて本件賃貸借の解約申入の意思表示がなされたことは当事者間に争がない。

(2)そこで進んで右解約申入がはたして正当事由を具備するか否かについて判断するに、まず、<証拠―省略>を綜合すれば次のとおりの事実を認めることができる。すなわち

「被控訴人は昭和三〇年一一月以来本件建物に居住し、ここから勤務先の自治省(当時は総理府自治庁)に通勤していたものであるが、昭和三三年四月中、二年間の条件付きで福岡県へ転勤を命ぜられたので、不動産仲介業者双葉不動産こと鈴木亀太郎に右の事情を告げ、二年後東京復帰までの間を限つて本件建物を第三者に賃貸したいが、その点期間を確実に守つてくれる人を仲介してもらいたいと依頼したところ、間もなく鈴木から適当な人物として控訴人を紹介された。そこで被控訴人は控訴人に面接し、自分の口からも直接、右福岡県転勤の件および二年後には再び東京勤務となる内諾ある旨を告げて、二年後東京復帰の暁には必ず本件建物の明渡が得られるよう念を押したところ、控訴人もこれを諒承したので、本件賃貸借が成立するに至つたものであり、被控訴人は右の趣旨を徹底するため特に権利金は徴収せず、また公正証書を作成して契約期間を明確にしたものである。

かくて被控訴人は家族を伴い福岡県に転勤したが、昭和三四年一一月頃に至り翌春頃自治本省への復帰が内定し、発令が若干遅れたけれども、結局昭和三五年七月一一日付をもつて再び自治本省勤務を命ぜられた。」

右認定に反する原審(第一回)ならびに当審における控訴人本人の供述部分はにわかに措信しがたく、他に該認定を左右するに足る証拠はない。

(3)ところで、転勤者が、その転勤不在期間中を限り、自己所有家屋を他人に賃貸することは世間往々に行なわれるところであり、この場合、右転勤期間につき内諾があり、かつその期間が比較的短期であるようなときは、一時使用とまではいい得ないとしても、賃貸人としてはあくまでも暫定使用に限定する意思であることは明らかであり、一方賃貸人側としても賃貸人側の当該事情を諒承のうえ賃借した以上は、当初より長期の使用を期待し得ない覚悟のうえに立つものというに妨げないから、かかる場合賃貸人の意思は十分に尊重さるべきであり、かく解することによつて賃借人側に特に予期せざる損害を与えるようなことはない。従つて、かような場合には、原則として、賃貸人側にそれ自体で正当事由があるというべきである。

(4)ただし、右原則も当事者の一方または双方に、他に、著るしい事情の変更が生じたときは訂正を受けることを免れない。

そこで本件の場合、かか事情の変更があつたか否かについて考えてみるに、(証拠―省略)に徴するも、「控訴人は国電赤羽駅附近に店舗を構えて不動産仲介業を営んでおり、本件建物を賃借して以来妻子三名とともにこれに居住し、二人の子供はそれぞれ程近い学校に通学しているが、本件建物は右店舗から近距離にあたるため商売柄その利便、信用に資するところが多い。」という程度のことが認められるのみで、本件賃貸借契約締結後に特段の事情の変更があつたと認むべきものはなく、むしろ、これに反し、原審(一、二回)ならびに当審における被控訴人本人尋問の結果によれば「被控訴人から、本件建物の返還を受けられないため、やむなく千葉市松波町の県営住宅を賃借して、妻子とともにこれに居住し、ここから毎日東京都千代田区霞ケ関の自治本省まで往復約三時間半を要して通勤しているが、ラツシユ時における長途通勤により相当の心身的疲労を蒙つている。」ことを認めることができる。

(5)以上認定の事実に照らせば被控訴人の前記解約申入は正当事由を具備するものというに妨げないから、本件賃貸借は右解約申入の意思表示が控訴人に到達した昭和三五年五月一五日から法定の六ケ月を経過した同年一一月一六日限り終了に帰したものというべきである。

(三)  しからば、控訴人は被控訴人に対し、賃貸借終了に伴う返還義務の履行として本件建物を明渡すべき義務あるものというべく、その義務の履行なき限り被控訴人は本件建物の相当賃料額と認められる本件約定賃料と同額の一ケ月金一万円の割合による損害を蒙りつつあるものといいうる。

四、結論

以上の次第で、爾余の争点につき判断するまでもなく、被控訴人の本訴請求は、本件建物の明渡ならびに昭和三五年一一月一七日以降右明渡ずみに至るまで一ケ月金一万円の割合による損害金の支払を求める限度においてこれを正当として認容すべきも、その余の部分は失当として棄却すべきである。

よつて損害金の点につき当審と判断を異にする原判決は右の限度において変更する要ありと認め、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第九二条但書、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。(裁判長裁判官古山宏 裁判官磯部喬 加藤和夫)

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